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すきものぐらし

20代後半女性の好きなものたち

東日本大震災を経験して6年経ちました。

東日本大震災を経験して今、思うこと。

今日で、震災から6年が経ちました。とっても早いですね。私が震災を経験したのは大学3年生の頃だったと思います。

 

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地震の怖さを体感した日

2011年のこの日、私は元カレのアパートにいました。そして、お昼寝を一緒にしてたと思います。そんな時、ケータイから初めて地震警報を聞きました。その時言った私の言葉を今でも覚えています。

地震だって~!ヤバくない!?笑」

と、本当に軽い地震だと思ってました。その警報がなって、スマホを見てニヤニヤしてた瞬間、大きな揺れが来ました。

 

小さい頃から、知っている「地震」とは明らかに違う揺れでした。立つこともできず、しゃがみこみ、何が起きているかもよくわかっていない状態です。どこかで、何かが爆発して揺れてるんじゃないのかってくらい揺れたのを覚えてます。

 

そして、揺れが治まってからテレビをつけて現状を確認しようと思ったら、テレビがつきません。ガスや水道もだめでした。こんなに大きな地震はありませんでしたので、なんとなく、自宅の水道や電気・ガスが止まることは想像できました。しかし、ここからが想定外でした。

 

電気が町全体使えなくなったため、当たり前ですが「信号」が点いていません。あちらこちらから、すごいクラクションが聞こえてきました。また、3月の東北ということもあって、私たちのところでは雪がまだ降っていました。

 

ビックリして外に出かけたであろう人が、ショーパン・生足・裸足のまま道路を歩いていた記憶もあります。しかし、私は内陸部に住んでいたため、それ位の被害で済みました。地震後はすぐに友達の家に集まり、ガスバーナーを持っている人を集め、一緒にご飯を食べたり、大学が自家発電していた所でしたので携帯の充電も行えました。

 

しかし、大学に行って初めて「津波の被害」を見た時の衝撃は忘れません。私の友人たちが沿岸出身で「(地元に)帰りたいけど、帰りたくない。」と言っていたのを今でも忘れられません。私には想像できないくらい、ショックと悲しみと不安があったと思います。

 

私たちの町は1週間以内に停電などが解消され、比較的家屋も無事でした。なので、あんまりショックはありませんでした。でも、沿岸部の人たちや、その時出動した、警察・自衛隊・消防隊の人たちは、今でもその現場のことを思い出すそうです。

 

あの震災でいい思い出なんて、誰ももっていないと思います。人の優しさに触れられましたなんて、美談では済まされないような出来事でした。生き延びてて良かった、命に感謝する日なんていうようなキレイな話しはしないで欲しいなと思います。

 

これは、私だけではないと思いますが、あの日助かった人たちは、「助かって良かった」と思う反面「助かって申し訳ない」と思う人も多いんです。なので、こんな日に美談を話し、命の大切さについて語る人は正直好きじゃありません。話すなら、復興をどうするか・どうしたらもう二度と被害に遭わないかを話し合って欲しいです。それくらい、重くて自然災害の恐ろしさについて考える日でなければいけないと思います。

 

おわりに

東北はあの震災で大きな人的・経済的被害を受けました。まだまだ復興には至っていません。今日もその様子を特集している番組が少なからずあるかと思います。

九州での大地震もありましたので、本当に自然災害は怖いんだということを忘れないでいて欲しいと思います。